日本で「介護」という言葉が法令上で確認されるのは、1892年の陸軍軍人傷痍疾病恩給等差例からであり、介護は施策としてではなく、恩給の給付基準としての概念であった。「介護」という言葉が主体的に使われるようになったのは、1970年代後半からの障害者による公的介護保障の要求運動からである。それ以前の「『障害者の面倒を見るのは親がやって当り前』という社会の考え方からでは障害者は施設に追いやられる」という危機感からそのような運動が発生した。 公的介護保障の要求を受けて、介護人派遣事業が制度化され始めたのは1980年代半ばからであるが、障害者にとって保障と呼ぶにはほど遠いものであった。地方自治体による高齢者の訪問介護・看護事業は1960年代より始まったが、理念的には家族介護への支えであって、その考え方は現在でも受け継がれている。医療にQOLの考えが普及すると、介護にも導入され、介護によって病人、高齢者の生活の質(QOL)を高め、QOLのさらなる向上に貢献することもまた介護の目的とされている。 介護保険法により高齢者の、支援費支給制度により障害者の、在宅介護サービスがより一般化したが、サービス利用者は全体の1割であると見られており[要出典]、2004年現在も障害者関連予算の6割は施設に費やされている[要出典]。 また、介護を行う介護福祉士やヘルパー等の介護職は低賃金の為慢性的な人材不足であり介護施設の9割が人手不足である。

日本では、一般的には、福祉六法やそれに派生、関連した政策を指すが、広義には狭義の社会福祉に加え、社会保障と公衆衛生の政策を含む(=公共の福祉)。 近代国家としての社会福祉政策は明治時代の「恤救規則」を皮切りに大正時代から昭和初期にその発展が見られるが、当時は、貧民や弱者に対しては慈善的・救貧的・恩賜的要素が強く、その他の国民に対しては富国強兵政策としての要素が強かった。国家の責務として、本格的に始まったのは終戦後で、まずは敗戦処理として始まった。まず復員軍人や遺族の経済問題に対処するため生活保護法が作られ、続いて戦争孤児のため児童福祉法が制定、児童養護施設が次々と民間でつくられた。次に傷痍軍人などを救済するため1950年に身体障害者福祉法が施行されるなど、社会福祉政策として確立していくようになる。以上の3つの法律を「福祉三法」と呼ぶ。 その後1960年代に現在の知的障害者福祉法、老人福祉法、現在の母子及び寡婦福祉法が制定された。これらを併せて「福祉六法」と呼ぶ。 本格的な少子高齢社会を背景に1997年に児童福祉法が改正、2000年には、高齢者向けの保健・福祉サービスを統合した介護保険法が施行され、児童福祉や高齢者福祉サービスを皮切りに社会福祉政策はこれまでの措置制度から契約中心の制度へと大きく転換し、2006年には障害者自立支援法が施行されることとなったが、一連の改革を「社会福祉基礎構造改革」と呼んでいる。

(Wikipedia)

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